即興哲学第52回 二種類の演技

演劇を始めたばかりの頃、私は、自分が演技を通して伝えたいものは何か、それはどのようにしたらうまく伝わるかということを考えていました。ともに演劇をつくる仲間たちとも、こういうことばかり議論していました。

しかし、マスクに出会った時、マスクの演技(特にフルマスクの演技)はそれとは全く違うことがわかりました。マスクをつけている人が、何も考えず、ただ立ってまた座るだけでも、見ている人は、「悲しいのかな」「怒っているのかな」と、マスクの顔からいろいろな感情を読み取り、頭の中で物語を思い描きます。これは、私が観客の中に入っていく演技ではなく、観客が私の中に入ってくる演技なのです。

先日亡くなったいかりや長介さんも、思えば、観客が私の中に入ってくる演技がとてもうまい役者さんでした。立ち上がり、後ろを向き、歩いていく、それだけで見ている人がその人物の中に移入して、その気持ちを想像し、感動したり泣いたりする、そんな演技でした。

(2004/3/24)