2つの小さな子どもが見せてくれた様子を思い出す。
1つ目は同僚の先生の家に夕食に招かれたときのこと。当時1歳ぐらいの息子さんがいた。彼はお父さんのかばんを持って玄関に行き、そこから「ただいま」と言って帰ってくるのを何度も何度も飽きることなくくりかえしやっていた。お父さんが普段やっていることを、自分でもやってみているのだろう。
2つ目は保育園でインプロのワークショップをしたときのこと。東日本大震災の直後だった。私は4歳の子どもたち20数人に「このあとどうなると思う?」と展開を質問しながら物語をつくる活動をしていた。たくさんの動物たちの暮らす森(子どもたちはいろんな動物になっている)では、雨がやまなくなり、水があふれ、みんなが流されていった。「(津波だ‥‥。)」周りで見ている大人たちの顔にまずいという様子が浮かんだ。でも、私はあわてずに子どもたちとそのお話をつづけていった。すると最後に子どもは「スーパーヒーローが現れる!」と言った。スーパーヒーローは動物たちをみんな救出していった。大人のふりかえりのときに園長先生が「大人はすぐ心配するけど、子どもは自分で問題を解決する力を持っていますね」と言っていた。
この世界に投げ出されてまだあまり日の経っていない子どもたちは、この世界が物理的に社会的に心理的にどのような法則で動いているのかまだよくわからない。だからそれを探ろうとしている。周りをよく観察し、気になることはいろいろと試してみて、その反応を収集し、そこに一貫して安定した法則を見いだそうとする。哲学者であり、科学者だ。
新型コロナの今、まさに子どもたちは世界について身体全体を総動員させて学んでいる。世界のルールが今までと変わったみたいだ。これは何だろう?それを探るために、子どもたちはたくさんの情報を収集している。テレビやインターネットから流れてくるものから、いつもより長く家にいるお父さんやお母さんの様子から、いつもより人が減っている外の光景から、外に出られなくて友達と会えなくてつまんない、さびしいという自分の気持ちから。非常時は人間のありのままの姿が出るから人間についても学びやすい。幼稚園・保育園や学校にいたときよりもこの世界について深く学んでいるかもしれない。
この100年に一度の出来事から子どもたちはたくさんのことを学び、きっとそれを100年近く、子ども、孫、曾孫の世代に伝えていくだろう。
だから子どもたちにこの時間をじっくりと味わってもらいたい。
そして大人にそのじゃまをしてほしくない。
私はインプロ教育、吹奏楽教育が専門だ。インプロでも吹奏楽でもオンラインでたくさんの試みが生まれていて、とても興味深い。ただあえて言うと、私はインプロや吹奏楽が一番大事だとは思っていない。子どもが一番大事だし、子どもの成長や学びが大事だ。
本当は大人たちがインプロや吹奏楽がなくなって不安なだけなのに、子どものためと言って無理に何かをはじめて、子どもを巻き込んでしまっていないだろうか。自分の不安と子どもの不安をごっちゃにしてないだろうか。子どものためではなく、大人のエゴになっていないだろうか。
大人たちはこれまでの世界に長くいて馴染んでしまっているので、早く世界を元にもどしたいと思っている。でも、子どもたちは今の世界をよく観察し、実験し、適応しようとしている。今の世界の方がこれから彼ら/彼女らが生きていく世界に近いかもしれない。子どもたちが今回の経験から学ぶことは、その子ども本人や、子どものあとの世代に大きな財産となる。
今、インプロや吹奏楽で一緒だった子どもたちとオンラインでつながれるなら、またもし今後対面が可能になってふたたび子どもたちと出会えるなら、どうやったらインプロや吹奏楽で今までやっていたのと同じようなことをできるのか、どうやったら早く元にもどせるのかと無理して焦ってやらなくていいのではと思う。今、子どもたちはインプロや吹奏楽よりももっと大事なことを経験しているかもしれない。
子どもたちとオンラインで、あるいは対面で出会えたら、まずはインプロや吹奏楽と関係なく、子どもたちが何をしていたのか、何を感じていたのか、何を考えていたのかをじっくり聴いてあげたい。そうして言語化されると子どもの中で整理され、記憶にとどまり、問題や不安は自分の中で自動的に解決していく。
しばらく話したら、子どもたちはインプロや吹奏楽がやりたいと言うかもしれない。そうしたらチャンスとばかりにすぐにこちらから何かをあたえようとするのではなく、まずそのやりたいという気持ちをしっかり味わえるように聴きながら寄りそいたい。インプロや吹奏楽がなくなったときの気持ちを心いっぱいにしっかり味わえたら、それがこのあとの人生でインプロや吹奏楽、あるいは芸術をつづけていきたいと思えるエネルギー源になる。それから子どもに何をしたいか聞き、それができるための方法を子どもたちが見つけられるようサポートしよう。こういった強い制約がある中で自分のやりたいことをどうやったら実現できるか、ああでもないこうでもないと考える経験は子どもにとって大きな財産になる。その貴重な機会を大人が奪わないようにしたい。
もし本音では大人である私がインプロや吹奏楽が大好きで、子どもと一緒にやりたいなら、せめて「私がみんなと一緒にインプロ/吹奏楽がやりたい」と言いたい。「あなたのために」と嘘をつくのでなく。
今、何かをしていかなければ、子どもたちは新型コロナのあともインプロや吹奏楽から離れてしまうのではないか?これも大人の不安だし、インプロや吹奏楽を守ることを第一にしている発想だと思う。子どもは演劇や音楽が好きだ。子どもはまた演劇や音楽をやりたいと言うと思う。一時はやりたいという気持ちが萎えてしまうかもしれない。でも、それを自分の力で乗り越えて、きっとまたやりたくなると思う。子どもを信じよう。
子どもがもし新型コロナのあとにインプロや吹奏楽をやりたくなくなるのなら、もっとおもしろい何かをみつけたか、これまでも実はインプロや吹奏楽は楽しくなかったけど無理して付き合ってくれていたのかもしれない。その時は大人が自分のこれまでやってきたインプロや吹奏楽の活動を見直すいい機会になるだろう。